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川西町

山形県川西町で愛大ルーツを知る

愛知大学創設にあたり中心的な役割を果たし、第2・4代学長を務め、本学唯一の名誉学長の称号も授与されている本間喜一先生の出身地、山形県川西町と連携実施する地域創生自校キャリア自己教育プログラムです。豊橋校舎大学記念館を見学することで本学の歴史に触れ、11月に山形県川西町への2泊3日の現地実習を行います。その成果をパンフレットに纏るとともに新年度の新入生オリエンテーションにて先輩学生として、新入生に向けて本学を紹介する成果発表をいただきます。

山形県川西町で愛大ルーツを知る

「山形県川西町で愛大ルーツを知る」の第2回事前研修がありました!

6月20日(木)に「山形県川西町で愛大のルーツを知る」の、第2回事前研修が実施されました。

今回の研修では、愛知大学のルーツや歴史、そして愛知大学の創立者で名誉学長である本間喜一先生について、愛知大学豊橋校舎の敷地内にある愛知大学記念館(愛知大学東亜同文書院大学記念センター)へ行きました。
愛知大学記念館では、愛知大学の名誉教授である藤田佳久先生から、愛知大学記念館の説明と、愛知大学の歴史、本間先生の生まれ育った玉庭についてのお話、最後に本間喜一先生の生涯についてのお話を聞きました。
最初に、大学記念館についての説明を聞きました。愛知大学記念館は元々陸軍第十五師団本部の司令部棟として建築された、豊橋市で最初の本格的な洋風建築物であるそうです。建物の外観や建物内の扉や階段などに様々な装飾が施されており、建物の歴史を肌で感じることができました。

次に愛知大学の歴史について聞きました。愛知大学は、6大都市以外で初めて、旧制大学として愛知県豊橋市に建てられたそうです。そんな愛知大学のルーツ校となっているのが、中国・上海あった東亜同文書院大学です。東亜同文書院大学はビジネス中心の学校として栄えましたが、日本の敗戦を機に閉学しました。その後、第十五師団本部のある施設と敷地を利用して開学されたのが、現在の愛知大学です。このことを聞き、愛知大学には長い歴史があり、そのような素晴らしい大学で学べていることがとても誇らしく感じました。

次に、本間先生の生まれ育った玉庭のお話を聞きました。本間先生は山形県東置賜郡川西町玉庭で生まれ育ちました。本間先生は、玉庭にある玉庭小学校に通われていました。玉庭小学校は、かつては多くの生徒が居ましたが、少子化に伴い閉校しました。本間先生も通われていた歴史と伝統のある玉庭小学校のことを聞いて、すごく興味が湧き、実際に現地に足を運んでみたくなりました。

最後に、本間先生の生涯について聞きました。本間先生はとても優秀であったため、玉庭小学校を卒業したあと東京に行き、現在の東京大学法学部に進学したのち裁判官になったそうです。その後、法政大学の教授や東亜同文書院大学の教授を経て、最高裁判所事務総長にもなり、愛知大学の開学に携わりました。そんな本間先生のお話で印象に残ったのが、愛大事件で愛知大学の生徒が問題を起こした際、本間先生自身が学生の弁護人となり戦ったことです。このお話を聞き、本間先生の学生のことを誰よりも大切にされているその姿にとても感銘を受けました。

今回の研修を通して私は、愛知大学についてまだ知らないことが多くあることを実感し、今後の研修の中で愛知大学のルーツをより詳しく知っていきたいと思いました。本間先生の生まれ育った川西町での現地研修がとても楽しみになりました。

(短期大学部 1年 金山 未侑)




記念館

記念館②

愛知大学キャリア支援センターでは、2019年度より「低年次キャリアデザインプログラム~CAREER FIELD~」と題して、1・2年生を対象とした産官学が協働したプログラムを開発しています。
就職をゴールとしない形で、学生の社会人基礎力の養成や、望ましい就業観の醸成を目的として、現場(FIELD)理解に貢献する実践的な学びを創出し、低年次学生が将来のキャリアビジョンを描くことを支援するプログラムを展開しております。
各種プログラムについて、実際に参加した低年次学生からの視点で実施報告をしておりますので、下記URLよりご確認ください。

http://www.aichi-u.ac.jp/recruit/career-center/career-field