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<8/23・申込不要>「ネオリベラリズム社会における社会意識」研究プロジェクト

イベント・公開講座
<第1回>研究会 愛知大学人文社会学研究所 「ネオリベラリズム社会における社会意識」研究プロジェクトを開催いたします。

●日  時 2026年8月23日(日) 15:00~16:30
●場  所 愛知大学名古屋キャンパス 本館(研究棟)20階 M2001
※本館の場所は、公式サイトのキャンパスマップをご確認ください
●開催方法 対面のみ

●入場無料、申し込み不要
(ただし、研究会当日は日曜日で建物は施錠されているため、14:40-14:55の間のみ入口を開けます)

【報告者】 三脇 康生 
京都大学文学部および医学部卒、パリ第一大学哲学科(科学哲学科)DEA課程取得、京都大学大学院医学研究科修了。精神科医。
名古屋芸術大学短期大部保育科、仁愛大学大学院臨床心理学専攻の常勤教員、また成安造形短期大学部、京都精華大学、名古屋芸術大学、京都市立芸術大学大学院、名古屋大学、名古屋大学大学院にて精神医学と現代美術に関する論の非常勤講師を経て、現在は精神科の臨床に従事し、京都大学精神科客員研究員、静岡大学非常勤講師。

【報告内容】
「ホワイト社会」とブラック企業――アール・ブリュットと芸術制度

【概要】
栗田英彦(本研究会メンバー)編『一九六八年と宗教』でも示唆される、1968年と宗教というテーマだけでなく、これを精神医療の観点で狂気という論点からも考察することが重要である。考えてみると、1968年と「狂気」なら散々ポストモダンの時代に論じられたし、報告者もその影響を受けたが、1968年についてはポストモダンの時期には左派の精神科医は沈黙した。現在は、精緻であるが時代のニヒリズムの読み落としが、狂気と1968年に関しては発生している。狂気には、発病の後の生活を、宗教が手助けもし、逆に、発病を利用するような悪さもしていたのだが、1968年と狂気と宗教という三点から見えるものを見ていくと、現在、語りの主体性がすり減り、対象は蔓延化し、岡田斗司夫の言うように社会は「ホワイト」化していくのを見送るだけになっている。このことを考え直すために1968年と狂気と宗教という論点から考えてみることは極めて重要である。
そして、アール・ブリュットについて考えていくと、現在、アール・ブリュット作品は、「制度」ではなく、ポストモダンの貴重な概念の「強度」に溢れたものとして「制度」の縁で重宝し始められている。これは芸術制度へアール・ブリュット作品を馴化することであるかもしれない。「強度」と「制度」の相性の悪さを、競り合い(ヴィクター・W・ターナー)を、「ホワイト社会」が打ち消して、見えなくしてしまい、その結果、「強度」も「制度」も区別がなくなっている。足して2で割りゼロになることにニヒリズムも感じなくなる。それが「ホワイト社会」を利用するブラック企業の内実かもしれない。木村敏のフェストゥム理論で言うなら、鬱のポストフェストゥム、てんかんのイントラフェストゥム、統合失調症のアンテフェストゥムの区別できた時代は去り、つまり上記の3つを区別できるフェストムの外部はなくなり、まさに内在的な「フェストゥムフェストゥム」がやってきたのかもしれない。この「フェストゥムフェストゥム」がニヒリズムとの闘いではなく、ニヒリズムの隠蔽であるなら、巨大な変化かもしれない。このような変化の考察を行いたい。

【問い合わせ先】
愛知大学文学部 樫村愛子 kashi・aichi-u.ac.jp ※メールを送る際は・を@へ変換してください