藤田佳久フェロー(愛知大学名誉教授・元センター長)、森健一職員が日本上海史研究会で研究成果を報告しました

 2016年11月20日、大妻女子大学千代田キャンパス(大学校舎A450講義室)で開催された日本上海史研究会例会にて、本センター所属者が下記のように研究成果を報告いたしました。
 
@藤田佳久(センターフェロー・愛知大学名誉教授・元センター長)「幕末に上海を訪れた藩士たちの空間行動」
A森健一(センター職員)「東亜同文書院大学生の学徒出陣をめぐって」
 
 @は、文久二年幕府派遣上海使節団(1862年)参加者の日記から、彼らの上海視察の実態を明らかにしたものです。これまで、高杉晋作を含む使節団については、彼らは列強の侵略の前に半植民地状態となった清国を目の当たりにしたことから危機感を抱くようになり明治維新の遠因ともなった、と理解されてきました。しかし、報告者の分析によれば、藩士たちは清国人と欧米人は太平天国の脅威に対して協力していることを伝えているだけであり、侵略者と被侵略者といった見方はまったくなされていない。また、積極的に清国人や欧米人と交流をもち見聞を広めようとする者がいる一方でほとんど外出しない者いた。著名な高杉は後者であり、彼の上海体験と後の行動に何らかの関連性を見出すのは難しいと疑問を提起した。
 Aは、1943年にはじまった東亜同文書院大学生の学徒出陣について、関係資料に基づいて実態を明らかにしつつ、上海市内を縦走した出陣式当日の学生の行動をルートや所要時間など詳細に検証しながら再現した。東亜同文書院大学は、学生を軍事動員させることを良しとしておらず、学徒出陣以前の軍需工場への動員で学生が爆撃で被災した際には、関係各所に抗議しつつ動員先を安全と思われる場所へと変更させるなどしていた。出陣に際しても、学校は学生に対して奮戦することではなく、生還することを呼びかけた。また、学生が日本の力を誇示するかのように上海の目抜き通りを行進したことについては、邦人居留民団の力が影響した可能性が強いことを提起した。
文責:石田卓生
 
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