【12月6日】国際シンポジウム「近代日中関係史の中の アジア主義―東亜同文書院と東亜同文会」

東亜同文書院およびそれを経営した東亜同文会の体現したアジア主義は、19世紀末、列強の中国分割の危機に際して、日中連携して列強に対抗して「中国の保全と改革」を目指しました。しかしながら、他面に於いて日本が台湾、朝鮮の植民地化をし、列強の後を追う中で、「中国の保全」は、列強に対抗して中国での日本の勢力拡大という侵略の論理にも転化しました。つまりアジア主義は中国およびアジアと連携する側面と侵略する側面が存在し、アジア太平洋戦争期まで続きました。
本シンポジウムでは、日中連携するための人材養成機関であった、東亜同文書院の原型となった日清貿易研究所、山田純三郎の孫文支援に見られる日中連携しての中国の改革支援の動き、中国の革命家何天炯、東亜同文会員宮崎滔天と孫中山の関係に見られる中日連携の動き、アジア主義から戦争中の大アジア主義への移行、戦後の連合国軍(アメリカ軍)占領を経て独立以後までの日本の変化とアジアへ向き合い方、戦後における東亜同文会の後継団体である霞山会による東亜同文書院復活の動きについてとりあげ、各時代のアジア主義の発露である個別の事例をとおして、日本におけるアジア主義の問題、アジアへの向き合い方を議論してみたいと思います。

東亜国際シンポジウム(20151206).pdf