【講演会】保坂治朗氏(元中央大学附属高等学校教員)「目白にあった東京同文書院」(2008年10月18日開催)

【講演概要】
日清戦争後、日本と中国では両国の関心が高まるなか、1898年に近衛篤麿を会長とする東亜同文会が結成されました。同会は、まず日本に留学する青年たちのために東京同文書院を開校し、つぎに1901年中国側の協力をえて上海に東亜同文書院を開き、日本の青年たちを中国大陸の地で育てました。東京同文書院と東亜同文書院は、東亜同文会の活動を象徴する両論であり、いわば兄弟校というべき関係だったのです。
 はじめ、中国人のみを入れていた東京同文書院でしたが、近衛篤麿の側近であり同院の責任者であった柏原文太郎によって、日本人を対象とする目白中学校(現・中央大学附属高等学校)が併設され、大正期には多くの志望者を集める有名校として知られるようになります。
 今回の講演では、東亜同文書院の兄弟校といえるにもかかわらず、資料的制約などから、これまで十分に明かされなかった東京同文書院と、その関連学校である目白中学校についてお話いただきます。

【主催】愛知大学東亜同文書院大学記念センター/オープン・リサーチ・センター 
【後援】財団法人 霞山会

【お問い合わせ】
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20081018保坂氏講演会次第.pdf