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東亜同文書院大学関連資料

大学記念館第1展示室では、愛知大学のルーツ校にあたる東亜同文書院(大学)に関する主な資料を展示しています。東亜同文書院は1901(明治34)年に、当時貴族院議長だった近衞篤麿によって中国・上海に創設されました。その後、旧制専門学校を経て1939(昭和14)年に大学に昇格し、1945年まで存続しました。日中間の経済交流を通じて両国の友好と発展を目指すという理念に基づいて、日中友好に寄与する人材の育成を主眼に、中国語教育や中国各地への調査旅行に力を入れました。

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山田良政・純三郎兄弟関連資料

第2・第3展示室では、孫文の中国革命に協力した東亜同文書院関係者である山田良政・純三郎兄弟についての各資料を展示しています。東亜同文書院の前身校・南京同文書院の教員だった山田良政は、学校を辞職して孫文が指揮する「恵州起義」(1900年)に参戦して戦死しましたが、弟の純三郎は東亜同文書院の教員を務めたのち、兄の遺志を継いで孫文の秘書役として活躍しました。戦後純三郎の息子・順造氏によって保管されていた、山田兄弟をはじめ孫文や中国革命に関する多数の貴重な資料が、同氏の没後に愛知大学へ贈られました。

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愛知大学関連資料

愛知大学史展示室では愛知大学創立以来の主な資料を展示しています。愛知大学は、敗戦で閉校となり中国・上海から引き揚げてきた東亜同文書院大学の学長や教職員・学生が中心となり、1946(昭和21)年11月に豊橋市の旧陸軍施設を利用する形で誕生しました。この展示室では、創立以来約70年にわたる愛知大学の歴史を、主に4つのコーナーに分けてそれぞれのパネルと関連資料で紹介しています。

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本間喜一(創立者)関連資料

本間喜一展示室では、愛知大学の創立者の1人である本間喜一名誉学長(1891〜1987年)についての各資料を展示しています。山形県に生まれた本間喜一は東京帝大を卒業後、裁判官を経て法学者の道を歩み、1940(昭和15)年には東亜同文書院大学教授となりました。同大学が日本の敗戦で閉校になった時には、最後の学長として教職員や学生の引き揚げに尽力し、学籍簿や成績簿を日本に持ち帰りました。帰国後ほどなく愛知大学を創設し、第2・4代学長に就任しました。ここでは資料とパネルで本間の生涯とともに、その人間像を紹介しています。

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