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昭和21年11月、豊橋の高師ヶ原、旧陸軍士官学校跡にわが愛知大学が創立されました。昭和23年3月、第1回卒業生を送り出して以来、平成23年3月までで13万人を超えています。
昭和27年、第5回卒業生と短大第1回卒業生とで約1千人に達したとき、卒業生各位の要望と協力によって愛知大学同窓会が産声をあげました。初代会長に金丸一夫氏(23経)を選出し、豊橋、名古屋、東京、大阪の4支部が互いに連絡を密にしながら、卒業年度学部別同窓会名簿の初版を発行しました。同時に同窓会会則を制定し、名実ともに同窓会が発足したのは同年2月10日でありました。
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| 昭和27年3月 |
初版発行 |
28年、29年増補版 |
| 昭和30年11月 |
改版 |
31年、32年、33年追録(新卒者のみ) |
| 昭和34年10月 |
改版 |
35年、36年増補版 |
| 昭和38年12月 |
改版 |
39年、40年、41年追録 |
| 昭和42年11月 |
改版 |
43年、44年追録 |
| 昭和46年11月 |
改版 |
47年、48年、49年追録 |
| 昭和51年3月 |
改版 |
51年、52年、53年追録 |
| 昭和55年3月 |
改版 |
55年、56年、57年、58年追録 |
| 昭和60年3月 |
改版 |
60年、61年、62年、63年、平成元年追録 |
| 平成3年3月 |
改版 |
3年、4年、5年、6年、7年、8年追録 |
| 平成9年5月 |
改版 |
9年、10年、11年、12年追録 |
| 平成13年12月 |
改版 |
13年、14年、15年追録 |
昭和28年3月と昭和29年3月に増補版を刊行し、以後、名簿発行事業体制を整備しつつ、上記の通り発行してきた。昭和46年からは、新規に基本カード(卒業生コード番号)方式を採用して、能率化と恒久使用を、そして平成3年発行からは、電算化により一層の活用化を計ってきた。なお、現在は会員名簿発行を行っていない。
昭和37年5月、愛大学生新聞(増刊号、同窓会特集)として発行した同窓会会報も、第3号から、B5版12頁で年2回から4回発行が続いた。第87号からA4版16頁で年2回の発行が定着したが、平成17年101号からA4版フルカラー40頁年1回の現在の形になった。
昭和35年8月、4年生在学中の学生を対象に就職懇談会が開催された。41年度からは2月に3年生を対象に業界情勢の説明会も開催され、その後は、形態を変えて企業官公庁セミナーとして開催されている。
また、学生の入学の時に入学記念品として学生歌、寮歌、梢の歌(短期大学部学生歌)を収録したCDを、卒業の時には、卒業記念品を贈っている。
このほか、36年に購入した土地に42年春には同窓会館(名古屋)を開設することができ、会員はじめ教職員、学生の会議、研究会、学習会に供して利用されてきたが、平成13年3月土地区画整理事業施行に伴い取り壊し、同月、愛知大学車道校舎1号館2階第5会議室に仮移転した。その後、平成16年4月車道新校舎開校時に新校舎最上階13階が同窓会の新しい活動拠点として運用が開始された。また、豊橋には、会員の寄付金および積立金により、53年10月に記念会館(同窓会本部)を建設し、同窓生の集いの場、また大学の研究発表等、各種学会の会場として広く活用されている。
また、40年9月には財団法人愛知大学同友会(同窓会本部)を設立し、愛知大学の教育施設、学術研究の助成事業を行っている。
【助成事業】
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学術研究助成の支援 |
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1. 公開講座 |
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2. 学生海外フィールドワーク |
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| (2) |
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学生奨学金 |
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1. 給付奨学金 |
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2. 奨励奨学金 |
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3. ICCS奨学金 |
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4. 法科大学院特別奨学金 |
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5. 会計大学院特別奨学金 |
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6. 貸与奨学金(長期・短期) |
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| (3) |
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学生活動援助(クラブ・ゼミ等) |
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| (4) |
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愛知大学「緑の協力隊」共催事業 |
寄付金募金活動についてみると、31年図書館建設、34年小岩井先生遺児育英資金、36年名古屋校舎増築、38年薬師岳遭難対策、50年名古屋校舎図書館建設にそれぞれ寄付している。また、記念会館建設資金、国際交流基金、大学創立50周年記念事業資金を一般会員から募金を行ってきた。
最近では、愛知大学、東亜同文書院記念基金会、愛知大学同窓会は三者一体となって、平成12年11月から平成16年3月まで、(1)愛知大学教育充実資金(奨学基金、国際交流基金及び車道再開発)(2)東亜同文書院記念基金(記念基金の充実、学生海外フィールドワーク等の支援および100周年記念事業の実施)(3)愛知大学同窓会50周年記念事業資金(本間喜一名誉学長胸像建立等記念事業の実施)の寄付金の募集を行っている。
これらの事業を運営し発展してきた本会の会員は、今日では全国的、いや世界的に分布しているので、会員相互の横のつながりを地域的に実現しようとして、一県一支部を目標に地域支部の組織作りに当たっている。また、平成18年から、クラブ・サークル別、卒年次学部別、職域別などの「部会」にも登録を呼びかけ組織力の強化を目指している。
→組織図へ(別ウィンドウが開きます)
以上の事業運営のために事務局が必要であり、同窓生の善意の奉仕ばかりには頼り切れないので、体制として昭和34年から豊橋に専任職員を採用し、また38年名古屋にも専任職員を採用、更に50年からは専任事務局長を、そして、平成9年からは事務局次長もおき一層事務体制の強化をはかってきた。その後、平成14年7月(同窓会50周年)、大学への支援を強化するためには、大学事務局と同窓会事務局が有機的な連携を図ることが重要との考えから同窓会事務局、(財)同友会事務局業務が大学に委託された。現在は愛知大学校友課が担当している。

愛知大学設立の最大の動機は、設立趣意書の第3項に掲げるように、外地引揚学徒の受け入れでした。昭和22年1月15日の開校式と予科入学式に参集した学生は、内外80余校から約350人でした。
開校当初、東亜同文書院大学(以下「書院」と称す)からの学生が3割以上を占め、最後の学長であった本間喜一先生を始め、同大学の教授スタッフが多数就任しました。また、書院の学籍簿、成績簿、大旅行記等の保管や中日大辞典の作業継承とその完成なども、他校に類例を見ない関係の深さを物語っています。
霞山会は、近衞篤麿公に始まり書院の経営母胎であった社団法人東亜同文会を継承しています。会長には近衞通隆氏が就任し、また愛知大学の理事でもあります。愛知大学の学長は、霞山会の理事でもある。霞山会の事業は、アジア・中国専門の月刊誌「東亜」の発行、中国語、中国文化を学ぶ東亜学院、現代中国人名辞典の発行など、愛知大学の建学の精神にも共通したところが多く今後も相互の期待は大きくなっていきます。 |
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